自分を知ろうと努める人は道を見出します。
道を見出す人は満ち足りを感じ、喜びと平和と幸福を見出します。
たとえ、道が険しくとも。
(リーディング番号:352-1)『エドガー・ケイシー文庫031 知恵の宝庫—エドガー・ケイシー名言集』 P227
幸福の定義は難しいものです。
ただ人間の本性が魂の成長動機にあるとした場合、それが経験できる人生が幸福だという事になります。
だとしたらむしろ、道が険しいからこそ幸福だという定義も成り立ちます。
安穏とした人生では魂が鈍感になり、成長の糧となる経験も少ないものになります。
それならば道は険しくともそこでの経験で魂が磨かれ、より成長をしていく人生が、輪廻思想においての幸福だといえます。
そしてそのためには、自らを知る求道心が必要です。
自分がこの人生においてどのような経験をすべきなのか、それは外的な運命にも導かれますが、その運命を活かせるかどうかは自分次第です。
そこに自分の内面への鋭敏さがなければ、せっかくのチャンスがあっても、チャンスだと気づかずに通り過ぎてしまうでしょう。
鋭敏、透徹にした心は無為です。
しかしそこから生じてくる有為への心が、自分自身に必要な方向性を示しているのです。
theme : スピリチュアル
genre : 心と身体